ビビビビビリーの通天閣日記

2010年2月20日

筑前りょう太!

2010年2月20日 投稿者:ビリーケンキッド カテゴリ:

大変申し訳ありませんが

私、ビリーケン・キッドは

3月21日(日)
Mアリ大会を欠場させていただきます。

なぜなら

3月21日(日)
NPO法人 九州プロレス

に参戦させていただくことになったからです。

場所は西鉄ホール
試合開始は15時ちょうど。
詳しくは筑前りょう太ブログで
http://ryotahakata.blog53.fc2.com/

私と筑前りょう太の出会いは13年前。

メキシコで出会いました。

お互いプロレスラーになる為に全く別々のルートで単身メキシコに来ていました。

私はデビューして約一年、筑前は数ヶ月が立っていた頃に
AAA(トリプレア)というメキシコの団体で日本人カルテット(四人組)を結成する為に集められたのが

ジライヤ
ゴクウ

筑前りょう太
の四人でした。


筑前りょう太を初めて見たときの感想は

『でかっ!』

の一言でした。

『そんなに大きいならわざわざメキシコ来ないでも日本でデビューしたらいいやん』
と聞くと
『小柄な日本人選手が大いメキシコなら逆に目立つでしょ』
との答え。

『日本人をアピールする為にわざわざ日本から大きな和太鼓を持ってきてリング上で叩いたり…見かけによらず賢いな』
と思いました。

同い年ということもあり(実際は筑前は1973年2月の早生まれなので学年は一学年上)話もしやすく部屋に遊びに行ったりしていたが、いつしか一緒にジムでトレーニングするようになった。


どんなに疲れているときも筑前がジムで待っているから休めなかった



筑前だけ試合が組まれ朝から会場に移動しなければいけない時はさすがに筑前はジムには行けない。

そんな時は休めるが悔しいから

一人でジムに行って結局休まなかった。

二人で組んで試合することもたくさんあった。

色んな思い出があるが今ぱっと思い出すのは

地方の大会場で組まれたタッグマッチ

多分大阪府立体育館ぐらいの大きさがあったんちゃうかな?

試合はメインで組まれたのだがポスターを見てみると我々2人の写真の上には

『New Japan prowrestling』

の文字が

我々2人は新日本プロレスさんの選手ということになっていた。

しかもリングネームも

『誰これ?』

という聞いたことないリングネームに変えられてた。

カードは

私と筑前組vsブルーデモンジュニア、ベロアグアヨジュニア組

他の試合時間がとても長く我々がメインのリングに上がったときにはすでに深夜0時を余裕で過ぎていた。

はっきり言ってこの日は試合内容よりポスターや試合会場が印象に残ったね。

筑前との思い出を語ったらいつまでも書き続けられるから今回はこの辺にしておきます。

ハッキリ言えるのは

筑前がいたから今の私がある。

自分にとって同期のような関係で友達以上の存在であり

ライバル。

筑前が活躍してるのを見ると嬉しくもあり

悔しくもある

一昨年故郷の博多でプロレス団体
『NPO法人 九州プロレス』
を旗揚げした筑前。

自分が大阪プロレス入団前だったら間違いなく九州に引っ越して九州プロレス入団を志願しただろう。

何も協力できないのが残念でならなかった。

なので今回試合に呼んでもらったのはめちゃめちゃ嬉しい!



申し訳ないのは

九州プロレスにビリーケン・キッドが出場しても

残念ながら集客力がないのが正直なところだ。

嬉しいけど申し訳ない

九州に行って営業したいぐらいだ。

試合で頑張ります

としか言えない。

まぁそれは当たり前の話

でもそれしかないからな

お互い13年前にメキシコで組んだりトレーニングしてたときから考えると筑前の団体でタッグを組むなんて夢にも思わなかった。

だから

人生は面白い!

プロレスって面白い!

プロレス最高!


色々な思いを胸に
3月21日は
九州プロレスを思いっきり楽しみます!

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プロフィール

ビリーケンキッド
170cm、83kg
ビルドアップされたボディとルチャをベースとした見事な技の数々で、男女問わず高い支持率を誇る。リングコールはサルバドール・デ・インフィエルノ(地獄の救世主)。
得意技:ベルティゴ、ファイヤーバード・スプラッシュ、コウモリ吊り落とし

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